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治療方法

2013.1.29
手術時の病理検査の結果が出た。

腫瘍径8cm(浸潤径:0.5cm)
非浸潤小葉癌、浸潤硬癌、
腫瘍の細胞グレード :2
核異型グレード:1
エストロゲン受容体:陽性(50%≦)
プロゲステロン受容体:陽性(50%≦)
HER2/neu(c-erb B2)蛋白発現:0
MIB1-LI 10%
リンパ節転移個数:0個

検査結果から今後の治療方法は、ホルモン治療。

ゾラデックス2年間
ノルバデックス5年間

副作用の説明も受けた。


明日、退院。

2月4日からホルモン治療開始。
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術後1日目

2013.1.23
朝、8時過ぎに看護師が来て体を起こす。
少し歩いて、フラつきが無いか確認し、異常が無かったので、尿の管を抜く。
なんか、開放された気分。

昨夜は、痛くて眠りが浅く、何度も目が覚めた。

看護師が、手術箇所の確認する。
「大丈夫ですか?」←看護師
「はい、大丈夫です。」←私

なんと、傷にはガーゼが当てられる事なく、フィルムの様な物が貼り付けてある。

オッパイが有った場所は、内出血をして紫色になっている。
これが私の胸か。
傷を見ても悲しくなかった。
悲しんでも現実は、変わらん。
前を向こう。

それより驚いたのは、右腕が上がらない事。
術前に説明は受けたけど、こんなに上がらないとは、思わなかった。
これは、リハビリを頑張らなあかんわ。

暇に任せて(入院中は、かなり暇)リハビリをした。


今日は、主人と母が来てくれた。


病室から駐車場が見える。
母が病室を出て駐車場を歩いている姿が見えた。
母に自分の入院の世話をさせていると思うと、泣けてきた。

手術当時

2013.1.22
いよいよ手術。
昨夜の回診時に、担当医が手術の最終確認に来た。
「どうですか?どちらか、決まりましたか?」←先生
「はい、全摘でお願いします。」←私

前日の21時以降は絶食。

朝8時過ぎより点滴が始まる。
手術の予定は、13時30分予定
家族は手術予定時間の1時間前に集合。

圧迫ソックスをはき、手術着に着替えて、歩いて手術室へ

手術室の前で家族と別れ、いざ手術室へ
ドラマで見たシーンの様。

何度も名前の確認をされ、手術台へ自ら横たわる。
麻酔医から説明を受け、麻酔薬が体内へ

いつも寝ている時とは少し違う感覚。
もう少し深い所に居た様な気がする。

「○○さん、終わりましたよ」←看護師

突然、声が聞こえて目が覚める。

「あ~ぁ、無事に終わったんや」←私の心の声
「有難うございました。」←私
何となく呂律が回ってない。

手術室から出ると、主人と母や妹が出迎えてくれた。
無意識に涙がこぼれた。

「よ~ぉ、頑張ったな」と皆が言って居た。

手術当日は、病室がナースステーションの向えの部屋。
看護師が、頻繁に状態の確認に来る。

麻酔が覚めると同時に、痛みを感じる様になる。

明日の朝まで寝たきり。
これが、結構辛かった。
寝返りもうてず、腰が痛かった。
「明日になったら、開放される。今だけ今だけ。」と、自分に言い聞かせた。



手術を終えて、医師・看護師や家族に「良く頑張った」と、言われたけど
良く頑張ったのは、執刀医や麻酔医に看護師で、私はただ意識を失い横たわっていただけ。
何人もが、私を救ってくれた。
有難い。

いよいよ入院

2013.1.21
入院。

必要な物をカバンに詰めて、準備
タクシーを呼んで、いざ病院へ

タクシーでの会話

「○○医療センターまで」←私
「どっか、悪いんですか?」←運転手
「まあ」←私

「私、乳癌でね、明日に手術してオッパイとお別れするんです。なんて言う訳ないやん」←私、心の声


「人間、健康が1番やね。癌とか大変やもんね」←運転手
「そうですよね」←私

「いやいや私、癌やし」←私、心の声

「ホンマね、お金とかより健康ですわ」←運転手
「本当ですね」←私

「まだ言うか、今から病院行くねん。何か有るかもね、とか思わんか?まあ、良いけどさ」←私、心の叫び


運転手は、知らんやろけど
私にとっては、ちょっと大変な日々やねん。
なんて思いながら、タクシーを降りた。

病院では、入院専用の受付へ
事務的手続きして、病棟へ

ナースセンターに声を掛けて、病室へ

数年前に建替られた病院だから、病室も綺麗し明るい。
外が良く見える。

あ~ぁ、入院生活の始まり始まり。
明日は、手術。

就寝前にオッパイに生まれて始めて声を掛けた。

「今まで当たり前過ぎて、何とも思わんかったけど、今日まで有難う。オッパイを無くしても、頑張るわ」

失う日が来るんやったら、もう少し日々の生活の中で、オッパイに感謝しとけば良かったわ。

手術の説明

2013.1.18
手術について説明が有った。
主人と母と私の3人で聞く。

先生の話の途中で母が動揺したらどうしょうと、少し心配だった。

待合室で「私は大丈夫、オーラ」を出しながら、呼ばれるまで待つ。

「○○さん、どうぞ」と呼ばれ診察室へ

まずは、癌の種類
シコリの部分は、小葉癌
シコリ以外でMRIに異常が見つかった部分は、細胞を取ったが、取った場所からは癌は見つからなかった。
でも、怪しいし大きさは約10cm

全摘か温存か?悩む所。
先生は強制はせずに、私の意思を尊重するみたい。

温存なら放射線が必須。
毎日毎日25回以上、放射線治療に通院しなければならない。

温存を選択しても、再手術になる事も有るとか。

「全摘か温存か、入院の日までに決めて下さい」←先生

「全摘した方が、後々心配が少ないんですよね」←母

「今は取り敢えず、温存も選択出来るんですね」←主人

「98%全摘で」←私

乳房以外にリンパも検査をするとか、色々と説明を受けた。

シコリを見つけてから、検査検査で時の流れが通常より早かった気がする。

有難い事に、今まで大きな病気や怪我の経験がないので、体にメスを入れるのは始めて、未知との遭遇や。

心配していた母も、最後まで冷静に話を聞いていた。

いよいよ手術か‥‥‥



追記
診察室を出てから母が
「あの先生、男?女?」
「名札の写真が男やったし。」
「ずっと気になって見とってんけど、男やんな」

はっ?
どう見ても、女ですけど(-_-)

母へ報告

2013.1.10
いよいよ母に報告。

亭主関白で我儘な父は数年前に肺癌で2年の闘病後他界。
父と結婚してからずっと父の顔色を伺い、機嫌を損なわないように
尽くしていた母は父が他界してから青春が戻ってきている様だった。
カラオケ、デコバージュ、フラワーアレンジ、ヨガ等々・・・・
日々、楽しんでいた。

母は時に先々の事を悲観的な視点で考える。
そして、落ち込んだり悩んだり・・・

私の事で、今の楽しい生活リズムを変えて欲しくない。

私は入院や手術の事を内緒にしても良いと思っていたが、
妹に内緒にしたら母が悲しむと言われ報告する事に・・・・

「ちょっと話があるねんけど・・・今、大丈夫?」←私
「どうしたん?」←母
「実は私ね、乳癌みたい・・・だけど、早期発見やし大丈夫やから・・」
「私の事で、今の生活を変えんといてほしいねん。」
「今まで通りに楽しんでほしいねん」
「ほんまに大丈夫やから・・・」
「お父さんの時みたいに、自分の事を後回しにして、
 毎日毎日、病院に来たりしなくて良いから・・」
「気が向いた時だけ来てくれたら良いから」←私

私が余りに強く意志表示をしたので、母も理解してくれた。

後は今現在、分かっている事を報告。
18日に手術についての説明が有ると言うと、母も同席すると言った。

母も私も、泣かずに話が出来た。

ブログを始めた訳

なぜ、ブログを始めたのか?
それは、自分でも明確な答えは無い

家族は、私の体調を理解し協力をしようと、してくれている。

私も体調が悪くて起きられない時以外は、普通を装っている。

私の場合は、早期発見だし
右乳房は、全摘だけど
放射線や抗ガン剤もしていない。
ホルモン治療のみ。
だから、とても恵まれている。

同じ病で、もっともっと苦しんでいる人が居る。
私なんかが、弱音を吐いてたらバチが当たる。

だけど、やっぱり体調が悪い時は、今までとは少し違う。
だからと言って家族に言いたく無い。
言っても分かってもらえない。

どっかで、吐きたい自分が居た。

ブログを始めて数日が経った。

コメントを書き込んでくれる人が居る。
本当に嬉しい。
なんか、全部言わなくても分かってくれてる様な、そんな気がする。

もしかしたら、始めからこんな事を期待していたのかも。

再度、太針穿刺吸引組織診

2013.1.10
7日の検査結果では、はっきりしなかったので再度太針穿刺吸引組織診 。
この検査結果で、手術の内容が決まる。
全摘か温存か‥‥

18日に手術についての説明を受ける事になった。

友人に報告

2013.1.9
この段階で報告するのは、2人の友人。

1人は仕事で絡みが有るので、入院中に連絡が取れない可能性が有るので報告。
驚いていたが、割と冷静に聞いてくれた。

1人はランチや旅行を共にする友人。
この友人には、スーパーのトイレの前で偶然に会った。
「実は、乳癌で入院するねん」私
「嘘やん、嫌や」友人
「そんなん、嫌やで」友人
友人は、人目も気にせずにトイレの前で泣き出した。
今まで誰に報告する時も、冷静に泣かずに報告ご出来たのに、友人が号泣するから、貰い泣きしてもた。
2人でトイレの前で抱き合ってワンワン泣いた。

「絶対に元気になってよ」友人
「大丈夫やで、今回は早期発見やし、心配ないから」私

あ~ぁ、とうとう泣いてもた。

息子に報告

2013.1.7
正月気分も抜け、息子に日常の生活が始まったし
入院する日も、刻一刻と近づいているので、ボチボチ息子に病気の事を報告しないとな・・・

息子と私は、自他共に認める大の仲良し。
今まで、色んな事を頑張って来れたのも、息子のお蔭と言っても過言ではない。

観察力が優れていて、私の異変にすぐ気が付く息子に今まで通院していた事を隠すのは、
少し大変だった。

私の病気が発覚した時、彼は海外にいた。
あるスポーツで世界を目指し、幼い頃から家族で頑張ってきた。
精神修行のために1人で海外で練習をする。

昨年インターハイで8位に終わってしまった結果で海外での修行を提案し実行した。
2度目の海外だった。
海外と言えども、スカイプで毎日何度も連絡を取っていたので、息子に私の状況を悟られ無いように
するのは、少し大変だった。

2012.12.7に病院に行った時も友人とランチに行った事にした。
病気が確定して、気持ちが動揺していても、息子の前では平然と・・・
悟られないように・・

2012.12.21帰国。
帰国後も、せっかく帰って来たし・・
クリスマスや正月もあるし・・・
日々、練習練習の息子にとって、クリスマスや正月は練習から解放される日。
早々に話すのは、止めとこ。

と、言う事で・・・
正月明けの7日に報告した。

今まで内緒で病院に行ってたけど、今日は報告する気で居たので検査のために家を出る時に息子に
「医療センターに行ってくるわ」←私
「えっ、どっか悪いん?」←息子
「まあね」←私

息子は家を出る前に必ず電話を掛けてくる。
検査がとても長引いて、電話に出られなかった。
息子は、私が帰宅する前に練習に出かけた。
自宅から5キロの距離を走って行く。

私の事を心配しながら走っているのが、安易に想像できる。

息子の練習場所は、主人が代表を務めている場所。
いつもは、私も同行しているが、今日は病院での検査に時間が掛かり、同行しなかった。
同行しない日は、時々ある。
そんな日は愛犬の散歩がてら、息子を駅まで迎えに行く。

「おかえり」←私
「ただいま」←息子
「今日の練習はどうやった?」←私
「いつも通り・・・・で、お母さん、まさか病気?」←息子
「え・・そう」←私
「何の病気?・・・・・・・・・まさか、癌とか・・・・・・」←息子
「そうそう、お母さんな、乳癌やねん。入院して手術するねん。」
「でも、まだまだ早期発見やし、落ち込む気ないから・・」
「もし、お母さんの事が心配やったら、メソメソせんと笑かして」
「ナチュラルキラー細胞を増やして・・」
「よろしく頼むで」←私

「分かった」←息子


良かった。
息子に泣かんと、報告出来た。

ごめんな、心配かけて・・・
心の中で、息子に詫びた。

CT

2013.1.7
説明で「体にヨードが入ると体の中が熱く感じます」と言われたが・・・
ほんまに熱く感じたわ。
熱く感じたのは、すぐに治まったし、MRIに比べたら検査自体も楽やった。

検査後、エコーで胸を見る。
3人が入れ替わり立ち代わり・・・
2時間半ほど・・・

当初、温存と言われていたが、MRIで約10cmの怪しい所が見つかった。
温存か全摘か・・・・・
私の胸の運命がかかってる・・・

真剣にエコーで胸を見ている先生方の姿を見て、
「先生たちが、こんなに真剣に私の胸と向き合ってくださってるんだから、私も頑張らな」
と言う思うが込み上げてきた。

エコーで見ても、分かりにくいと言う事で穿刺吸引細胞診。
10日に結果が分かる。

MRI

2013.1.4
胸部のMRI
片頭痛もちだから過去に頭のMRIを撮った事は有るけど、
胸部は初めて・・・・

なんと、うつ伏せ・・・・
しかも結構長い時間・・・

ちょっと苦しいかった。

でも、手術に比べれば何て事ない・・
と、自分に言い聞かせて
ひたすらうつ伏せ・・・

でも不思議やわ。
体の中が、映るなんて・・・
すごいわ・・

医学が進歩した時代に生まれて良かったわ。




確定

2012.12.18
乳腺外科から連絡がなければ、乳癌確定。

「連絡は、午後になると思います。」と病院に言われていたが、
午後って、何時なん?

どっちにしても連絡をしてくれたら、いいのにな・・・
トイレに行く時も、電話を離されへん。
今の所、連絡無いな・・・
もう少ししたら、かかって来るかも・・・

期待に反して電話は、かかって来なかった。

「連絡が無いって事は・・・・・・・あらら・・・・」


2012.12.20.
紹介状を持って、医療センターへ

お陰様で大きな病気をする事なく、今日まで来ていたので
医療センターで診察するのは、初めて。

もしかして・・・乳癌の患者さんかな?
年齢も幅広そうやわ。
呼ばれるまでの間は、周りの人の人間観察。

自分の番になり診察室へ
先生に色々と説明を受け、手術に必要な検査(心肺機能・MRI・CTなど)の予約をした。
新年4日から検査が始まる。

手術は全身麻酔なので、禁煙する様に言われた。


あ~ぁ、乳癌か・・・・・
今まで長生きしたいと思った事無いけど、いざ癌やって言われたら、
息子のために母のためにもう少し元気で居たい。
家族や親戚に癌が多いから、いずれ自分も癌やと思ってたけど・・・
想像より早かった・・・

これから、どうなるんやろな~ぁ・・・・







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